報告

第22回 公開シンポジウム 『地域のかたち 記憶のかたち』

日時: 2014年6月28日(土) 14:00-17:30
場所: 東京大学駒場Ⅰキャンパス18号館ホール

報告:
 1.人びとの記憶を書きかえる ─セルバンテス『模範小説集』における試み
   齊藤文子(地域文化研究専攻)
 2.記憶の場/詩人の記憶 ─ゴール人起源の言説をめぐって
   鈴木啓二(地域文化研究専攻)
 3.ベトナム1945年飢饉の記憶と表象 
   古田元夫(地域文化研究専攻)

 ある地域にまとまりを与えるのは,空間それ自体というよりも,そこに生きた人びとに共有される「記憶」ということができるでしょう。それは,英雄の讃仰や戦争の災厄のように,具体的・集合的な経験から出発しつつ,それが変容していったものということもあるでしょうし,また伝説であれ創作であれ,いずこかで紡ぎ出され,広く共有されるようになった物語ということもあるでしょう。それらは,ある地域にかたちを与えるものであり,また自他を峻別する分断の仕掛けにも転じえます。

 では,さまざまな社会において,ある「記憶」はどのようにして形づくられ,どのように姿を変えていくのか。またそれによって,その「記憶」を共有する人びとと地域には,どのような影響があらわれるのか――。

 このシンポジウムでは,地域文化研究専攻がめざす横断的・越境的なアプローチのもと,ヨーロッパとアジア,文学と歴史,前近代と近現代にわたるいくつかの事例から,ある「地域」に生きる人びとの「記憶」の諸相を照らし出すことを試みました。

≪シンポジウムに出席した在籍学生のリアクション・ペーパーより≫

 セルバンテス『模範小説集』における試みや、ゴール人起源の言説をめぐる報告を聞いて、記憶というものが、与える側、受け取る側、伝える側など視点が変われば違った物語になりえることを再認識した。またベトナムの1945年飢饉の記録から、記憶を抽出することができる期間は限定されたものであり、記憶の有限性を意識したうえでの分析や考察が必要であると感じた。
 政治的状況によって、歴史の記憶や民族の起源は変化する、または利用されるものであり、まさに記憶の書きかえは起こり続けてきた。「国家」が主導する「我々」の起源が一方にあり、他方では民衆によって伝えられ、描かれてきた「我々」というものもあるのではないかと思った。国家と民衆の間にある差のほか、個人の内部に存在する記憶と、全体に共有される記憶にも差異があり、文学作品は特にこの個人的営みとしての記憶の場であるように感じた。
 自分が研究対象としているタイのことを考えると、時代や政権によって、「国王」の存在意義は変化し利用されてきた。また、国民統合というナショナルな営みにおいて、「タイ国民」や「タイ民族」という認識が上から押しつけられる形で共有された。国家が主体となる場合の国民・民族の認識というものと、その地域に蓄積されてきた記憶にはズレがあるのではないか。記憶による分断や継承を考えていく際には、そうした疑問を持つことも重要だと感じた。

博士課程 Y.U.


 今回のシンポジウムは「記憶の共有」について考えるよい機会であった。まず、特定時期の、ある団体の間で共有されていた記憶について。斎藤先生の発表は、ある限定された地域で、その時期に伝統的に言われてきた「記憶」の受け入れ方について考えるきっかけとなった。その中でも、町の守護聖女レオカディアに対する記憶を「書きかえ」たセルバンテスの行為は、その記憶が共有される範囲に、セルバンテスという個人は含まれていないという、記憶の共有範囲の不完全性・限界を意味するものとして解釈できるのではないだろうか。なお、セルバンテスの、そのような記憶の書きかえに対し、当時の人々はどう思っていたのかが大変気になるところである。
 次に、このような記憶の共有の範囲は広がり、空間も町から国家に、時期もある一点から国の歴史にまで至る。鈴木先生の発表では、ある国の歴史の中で変化していく「記憶の共有の形」、つまり、政治的に利用されたり、最終的にはマンガの中でしか見られなくなったりする、「記憶の共有」の過程を見ることができた。
 最後に、この記憶の共有の範囲はさらに広がり、一国を越え二国間、そして多国間(あるいは全世界)まで至るようになる。古田先生の発表は、ベトナムの飢饉という、一国の記憶を日本とフランスが共有することによって、「記憶の擦れ違い」から目をそらさず、それを「是正」することによってより良き国家間関係を構築するという点から、より広い範囲における記憶の共有の価値や意義を探り出す機会であったのではないかと思われる。

修士課程 イ ソンヒョン


記憶が存在する、あるいは(政府などにより)記憶が使われるという現象には、何を記憶して何を【忘れる】のか、という【忘却】の側面が伴うのではないかと考えます。その上でフランスについては、「フランス人」の起源というテーマにおいて何を忘れようとしたのか、政府にとってあるいはランボーにとっての観点から考えられることは何であろうかということを考えました。
 また、ヴェトナムについては、現地の方々への調査の中で、外国人研究者である古田先生にとっては重要な歴史的事項であるにも拘らず、現地の方々が忘れており、疑問に思ったことは無いのか、あればどのようなことだったのかについて先生に教えていただきたいです。最後に「過去を閉ざし、未来を志向する」という外交スローガンの中に「過去を閉ざし」とありますが、それは忘れることになるのでしょうか。忘れるわけではないとしたらどのような言葉を当てるべきなのでしょうか(「沈黙」、「ノンフォーマルな記憶の継承」、などが私の中に思いついたことです)。また、1945年のヴェトナムの大飢饉を日本人が忘れていたといった、(今から見ると)歴史的に注目すべき事象を忘れる状態になるとはどういうことなのでしょうか。これら2点の問いを今回のシンポジウムで得た視点として、特に考えていきたいと思います(自身の関心の歴史教育と引きつけて)。

修士課程 品田 智之

昨年までの公開シンポジウム情報はこちらから

img06476.jpgポスター
1専攻長挨拶.jpg専攻長挨拶
2斎藤報告.jpg齊藤報告
3鈴木報告.jpg鈴木報告
4古田報告.jpg古田報告
5コメントの様子.jpgコメントの様子
6討論の様子.jpg討論の様子
7聴衆の様子.jpg聴衆の様子

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